Interview with Ola Strandberg

2015年3月にリリースされた「HFMC」に、ドラマーのOla Strandbergは"Pages"を提供しました。この曲はアルバム前半の山場のひとつとして、アルバムを盛り上げています。Spellboundnのメンバーの中で、メールのやりとりを始めたのはOlaが最初だったのですが、生い立ちや他の活動などを聞く機会がなかなかなかったので、今回"Pages"について聞くと共に、バイオ的なことも色々聞いてみました。
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Q1: こんにちは、Ola。あなたにインタビューするのは初めてなので、ベーシックな質問から始めます。いつ頃から楽器を演奏はじめましたか?

Ola Strandberg(以下O): 11歳から12歳頃のいつだか、僕は初めてのギターを父親からもらったんだ。それはアコースティックギターで、簡単に演奏できる曲のコードが載っている本が付いていた。本物の楽器を自分の手にして、弦を叩いて音を鳴らした感覚を覚えているよ - それが大好きになったよ!
 僕はいつも音楽に合わせて、枕をスティックで叩いていたし、僕と学校の友達はメイクアップ付きでKISSの真似をしていたけど、これは別物だった。僕は実際に自分の曲を作ったり、自分がやりたい演奏ができた、それは圧倒的な感覚だったね。


Q2: なぜドラムを選んだのでしょうか?

O: 僕が思い出せる限りでは、僕はいつも、ステージの上でドラマーが一番のクールガイだと思っていたんだ、テレビでバンドを観た時に僕はドラムキットの後ろにいるヤツになりたかった。ギターも大好きだけど、それ以上にドラムを叩くのが好きだったんだ。初めてのドラムキットを手に入れたとき、これが自分がプレイしたかったものだと分かったよ。自分のすべての手足を使ってドラムを演奏すること、タムやシンバルを叩くことは僕に合っているものだと思ったし、キットの後ろに座って、足や腕を調整してパターンやグルーブを作り出すことに気持ちが落ち着いた。少なくとも、それまでで最高の気分だったんだ。そしてそれ以来、最終的にはPeter CrissやNeil Peartのようにバンドの一員になることが、僕が懸命にやるべきことだと考えていたよ。

Q3: あなたの父親Ake Strandbergは、Uppsalaで有名なビッグバンドを組んでいました。音楽が家にあふれていたと思いますが、それがあなたに与えた影響は大きかったと思いますか?

O: もちろん、僕の父と彼のバンドは、うちの地下室で数年間リハーサルしていて、そこに座って彼のバンドの優れたミュージシャンを聞いたり、観たりするのはすごく楽しかったよ。その時僕はミュージシャンになりたいとわかって、あらゆる楽器に囲まれるのは大好きだったし、僕と僕の兄弟達は自然と、誰も居ない時はそこに忍び込んで、ドラムやキーボードを演奏していたよ。僕の母親は、しばらくの間そのバンドの歌手をやっていて、彼女はいつも家で歌を歌っていたし、僕はいつも新しい音楽を求めていた- 常にもっと、と欲していたんだ。
 ついにドラムこそ僕の楽器だと見いだした時、父は僕に合うドラムキットを探すために、僕を地元の楽器店へ連れて行ってくれた。彼は僕に新しい、ワインレッドのMaxwinのキットを買ってくれて、彼の仲間からZildijanのシンバルをいくつか借りてくれた。決して忘れない感覚だろうね、本当のミュージシャンになる道の第一歩だよ。僕は地下室でドラムを組み上げて、THIN LIZZYやNAZARETHといったバンドに合わせてプレイした。間もなく、僕とAl (Alf Strandberg)は初めてのバンドを結成したんだ。


Q4: あなたに影響を与えた/好きなミュージシャンは誰ですか?

O: 僕が初めに本当に好きになったバンドの一つはDEEP PURPLEだね。「Live in Japan」を1973年に聴いたのは強烈なインパクトだったよ、ドラマーのIan Paiceだけでなく、バンド全体でね。ステージで何が起こってたんだ?ああいうのを僕は聞いたことがなかったよ。その後、僕のお気に入りのバンドはKISSになったよ。素晴らしい楽曲、素晴らしいショウ、素晴らしいミュージシャン。彼らはすべてを持っていたし、今でも大好きなバンドの一つだよ。
 長年にわたって、僕はたくさんのドラマーに影響を受けて、彼ら全員から様々なことを学んでいった。聴いていてインスピレーションを受けるのは、ちょっと名前を挙げると、Morgan Agren、Simon Philips、Dave Weckl、Mike Mangini、Terry Bozzio、Keith Carlock、Mike Portnoy、Neil Peart、Manu Katche, Phil Ruddだね。

Q5: SPELLBOUND時代の話を少し伺います。80年代のSPELLBOUNDで何か印象的な思い出はありますか?

O: 1985年にロンドンで「Rockin' Reckless」のレコーディングをしたのはとても楽しかったし、大きな喜びの瞬間だったな。僕らはすべての曲をレコーディングするために、そこに2週間滞在して、ミキシングのために1週間戻った。アルバムの曲のリハーサルの期間、プロデューサーのVic Maileと会ったこと、イギリスへ旅行したことはあまりに最高で、バンドの歴史の中では一番の思い出だね。

Q6: 去年の9月にSPELLBOUNDは再結成ライブを行いましたけど、30年前の曲を演奏するのはどんな感じでしたか?観客の反応は?

O: 長年、僕たちはたくさんのオファーを受けてきたし、人々はオリジナルかAl抜きのラインナップ(最近では2002年にやったんだけど)で、レコーディングやギグをしないか聞いてきたんだ。今回はそうすることがいいと感じたし、僕たちみんな時間があったので、プロモーターと話し合った末に実現したんだ。古い曲をリハーサルするのは楽しかったし、結果、もっと成熟した形でプレイして、かつてよりもっとヘヴィに響いたと思う。みんな気に入ってくれたし、僕たちは自分たちのホームタウンで演奏して、勿論そこにはたくさんの友人や家族が居て、でもとにかく、たくさんの笑いといい雰囲気に満ちた、魔法のような夜だったよ。

Q7: SPELLBOUNDが1989年に解散してからの、あなたの活動を教えて下さい。まずJJ MarshとSampo Axelssonと共に、FROGというバンドで活動していましたよね?どんなバンドだったんですか?

O: うん、僕とJJ(Marsh)はいくつかのバンドをやっていて、オリジナルの音楽を演奏すると共に、カヴァーバンドもやってた。FROGは、僕たちの友人(Par Holmgren)が結婚するところで、彼は結婚パーティにバンドを欲していた時に結成したんだ。僕たちは彼が聴きたい曲を演奏したよ、DEEP PURPLEとかJETHRO TULL、VAN HALENとかね。その後、僕たちはJimi HendrixとかTHE WHO、LED ZEPPELINなんかを演奏するギグをたくさんやった。

Q8: あなたは一時期Aaron SpringfieldやORANGE、つまりKent Wennmanと活動している時期がありましたよね。彼はUppsalaでどんな位置にいる人物なんですか?おそらくTHE FLOWER KINGSの初期メンバーやSpellboundのメンバーほとんどが彼と関係してると思うのですけど。

O: Kentと初めて音楽的な出会いをしたのは1995年で、Sampo Axelssonが僕を彼に紹介してくれた時、彼はAaron Springfieldのいくつかのショウのために、ドラマーが必要だったんだ。Uppsalaの音楽シーンでよく知られていたKentについては、僕もずっと知っていたんだ。Kentとのセッションは多くのことを学ばせてくれた、それまで僕が主に演奏してきたのはロックかハードロックだったけど、今度はあまり演奏したことがない、カントリーとかスローなテンポの曲だった。それは僕に、異なるスタイルのなかでの自分の演奏を考えること、もっとテンポをキープして、違うやり方で音楽を手助けすることに注意を向けさせたんだ。Kentは素晴らしいギタリストであり、歌手であり、彼の音楽がどう演奏されるべきか明確なアイデアを持っている。彼のアルバム「House on the Country」(1994/Aaron Springfield名義)では、Roine(Stolt)がプロデューサーの席に着いて、当時のTHE FLOWER KINGSのドラマーJaime Salazarがドラマーを務めてたよ。
(Kent Wennmanについてはこちらを参照してください。)

Q9: 「Spellbound」のライナーノーツで、Janne Starkは、あなたが兄のAlfと共にジャズを演奏していたと書いています(Alf and his brother Ola are also playing jazz.)。これはあなたの父親のバンドで演奏していたのですか?違う新しいバンドですか?

O: 90年代の初めに、僕とAlはALL ACCESSを結成したんだ。僕たちはジャズやジャズフュージョンを冒険して、僕たちの音楽的技量を、一般的なロックより違うレベル/方向性に持って行きたかったんだ。僕たちはたくさん曲を書き、初めてのライブをする前にいろんなミュージシャンを試したよ。こういう類いの音楽を演奏することは、より音楽的な自由を可能にしてくれたし、それをやりこなすために、よりたくさんの練習を僕にさせることにもなった。バンドを持つこと、ドラマーとしてスキルを伸ばすこと、そしてまた、音楽を違う方面から考える事を多く学んだよ。

Q10: さて、HFMCについての質問です。はじめ、Hasseはあなたに「いいギタリストを知らないか?」とたずねました。あなたはAnton Lindsjoを彼に推薦しました。なぜAntonがいいと思ったのでしょうか?

O: Antonに会ったのは、彼のバンドのドラマーの代役を務めた時で、その時、彼が素晴らしいギタリストだとすぐに分かったよ。それに、知れば知るほど、良いヤツだった。音楽的にも合ったし、プライベートでも仲良くなったんだ。Hasseが僕に(ギタリストの件を)聞いてきた時も、彼以上のヤツは思いつかなかったな。彼のギター演奏は、Hasseにも僕にも喜ばしいものだと思えたんだ。彼は凄く簡単そうにスタイルやムードを変えて演奏することができるんだ。HasseはAntonの事はまったく知らなかったけど、彼のすごい音楽的才能を語った僕の言葉を信じて、Antonに連絡したんだ。

Q11: その次に、Hasseはあなたにバンドでドラムをやらないかと聞いてきました。その時はどう思いましたか?

O: 実際、Hasseは僕に一番初めにアプローチして、彼のソロアルバムについての計画を僕に話してくれた。この時は、多くのTHE FLOWER KINGSファンが、(TFKの)他のメンバーがやったように、Hasseが自身の曲を演奏するのを聴きたがっていたね。彼は、僕がこの(計画の)一部になることに興味があるかどうかを知りたくて、間違いなく僕は興味を持っていた。当時、僕はどことも音楽的な契約はなかったから、新しい音楽プロジェクトには良いタイミングだったんだ。

Q12: HFMCのメンバーが集まって、初めて一緒に音を出したとき、どう思いましたか?上手くいきそうだと思いましたか?

O: 初めて会って演奏した結果には興奮したし、高い期待を抱いたよ。Hasseは僕たちに、彼の曲やアルバムについての意図をちょっと話した。僕たちが初めて一緒に演奏した曲は"Above"で、「Future Past」に収録されたよね。僕たちはよくリハーサルしたし、すぐにファーストアルバムのレコーディングを始めるに十分な曲を持っていた。僕はこれはドキドキする音楽の旅になるって、とても良い気分になったよ。

Q13: 今年、HFMCは3rdアルバム「HFMC」をリリースしました。あなたはバンドに"Pages"を提供しましたね。初めてみんなに音を聴かせたときの反応はどうでした?

O: はじめ、Hasseにそれを演奏してみせたのは、僕が書いたマテリアルを見てみようと会った時で、彼がアルバムのために書いた他の曲とフィットしそうだった。僕は彼に3つか4つのアイデアをプレイして、"Pages"はほとんど書き終えていたものだったから、僕たちはそれに取り組み始めたんだ。
 僕は他のメンバー達にそれを披露する前にアレンジを完成させた。みんなに聴かせたものは、Hasseのやり方とちょっと違ったものだったんだけど、彼らは曲も、バンドにもう一人のソングライターが居るというアイデアも、すぐに気に入ってくれたと思うよ。

Q14: 歌詞も自分で書こうとは思いませんでした?

O: 歌詞のアイデアはあって、曲を書いていた初期の時点では、曲名もあったんだけど、僕がやりたかった方向とはしっくりこなかったんだ。僕が意図した方向の歌詞を仕上げるには、時間が必要だと分かったんだよ。

Q15: Hasseは途中で歌詞を大幅に書き換えましたね。これは彼一人で決めたのですか?書き換える前に相談されましたか?

O: "Pages"のリハを始めた時、Hasseがいくつかのパートを歌いながら、僕が歌詞に持っていたアイディアに合うような言葉を探していた。ヴォーカルのレコーディング前にHasseは歌詞を思いついた。それは亡くなった彼のお母さんについてで、それを僕に見せてどう思うか知りたかったようだ。大きな変更とは僕は言わないな。彼の言葉でストーリーが完成した、って感じかな。彼が思いついた言葉やアイディアを使うのに、僕の確認を取ることにHasseはすごく拘ったんだ。僕も気に入ったよ- 僕が曲で言いたかったこととピッタリだったし。
 一般的に、("Pages"は)人生についての違った局面と、君に起きるかもしれないすべてのことについて、異なった状況をどう対応するか、ということを扱っているんだ。君の人生をある視点から見ることは、いつも良いところから見ているのであって、悪いことが起きて、人生の中で君の道が変化することは、なんとかやっていくのはいつも簡単というわけにいかないし、元気になるように立ち直る術を見つけなきゃならないだろう。
 "Make a stand make a real decision, don't bury yourself alive" - "take a change make it your religion"
これらの言葉は僕のもので、早い内からアイデアの一部にあったんだ。この歌からこれらを外す必要はなかったよ、というのは他のストーリー/歌詞とよく合っていたからね。

Q16: あなたとHasseは、"Died a little with you day by day-"のパラグラフを、"call and response"スタイルで歌っています。私はこの曲の中で、一番興味深いパートだと思います(アレンジと歌詞両方において)。元々このパートはなかったらしいですね。なぜこのパートを付け足そうと思ったのでしょうか?

O: このパートは新しいパートではないよ、初めのうちから書かれていて、それ(call and response)を歌うというアイデアは、曲を書いていたときからあった。僕が歌った言葉は僕が書いていて、Hasseが歌ったものとよくブレンドされてるね。

Q17: 先月、KatalinでHFMCのライブを観ました。ライブでは、あなたはこのパートではドラムキットからステージ前に出てきて、ギターを弾きながら唄いました。あれはとても良い演出だったと思います。これもあなたのアイデアですか?普段からギターはよく弾くんですか?

O: この曲ではドラム以上のことをやりたかったんだよね。この曲のいくつかのパートで12弦ギターを弾くアイデアを持っていて、そのパートでは当然ドラムから離れて、ギターを弾きながら歌ったよ。ステージの真ん中に立つのは、ドラムの後ろに座っているのとはとても違う感覚で、これが気に入ったし、将来ももっとやっていきたいね。僕はギターで曲を書くから、そう、僕はよくギターをプレイするよ。

Q18: 今後も、HFMCであなたの曲を聴く機会はありそうですか?

O: そう信じるよ、僕はもっと楽曲でHFMCに貢献したいし、バンドで試してみたいアイデアがたくさんあるんだ。当分は、僕たちは10月に始まるツアーの準備をしていて、その合間に、次のHFMCのアルバムで試してみたい曲のアイデアを録音するだろうね。

Q19: 今回のレコーディングにむけて、なにか特別な準備はしましたか?

O: バンドが揃ってリハーサルした以外は、前の2枚のアルバムに比べて、すべての曲により細かく向き合ったんだ、ベストな方法を見つけるため、そしてそれぞれの曲を感じるためにね。このレコーディングのために、より技術的に準備ができたと思うし、僕とHasseは二人で、ドラムとリズムギターだけですべての曲を演奏するために会っていたんだ。
それがBig Jambo(Studio)でベーシックトラックをレコーディングをするために、とてもよい準備だったんだ。僕らは後のリハーサルで、多くのフレーズやドラムパターンを変えて、それは曲をよりよくしたと思う。

Q20: 「HFMC」の曲で、一番演奏が楽しい曲/難しい曲は何ですか?

O: "Someone Else's Fault"を演奏するのは楽しいよ、異なるビートやリズムに出たり入ったりするし、初めてこの曲をリハーサルしたときに感じた、スペシャルな感覚があるんだ。
 僕にとって、録音でも演奏でも一番の挑戦曲は"Pages"だったな。僕が書いた曲にもかかわらず、実際の音楽が書かれた後に、ドラムパートは書かれたんだ。この曲のドラムも、録音のやり方も大好きだよ。僕とThomssonは、大好きなこの曲のドラム/ベースについて実に徹底的な作業をしたんだ。最初のリハーサルの前に、僕はほとんどのベースパートを書いてたんだ。

Q21: HFMCの話題から離れます。現在好きな音楽/バンドを教えて下さい。

O: 今のところ、僕はジャズと昔に聴いてきた多くのバンドをよく聴くね。初期のMiles Davis、Mike Stern、Chick Coreaとか、今はそんなものを聴いてる。
 普段は、僕が70年代や80年代に聴いていた音楽を振り返って、たくさんの再発見をしているよーJOURNEY、TOTO、GENESIS、MARILLION等はは、ここのところよく流しているよ。

Q22: 音楽以外で時間を費やしていることは何ですか?

O: 自然の中に出るのが大好きで、森の中を歩くのは僕の気分を良くしてくれるよ。とても瞑想的な環境で、鳥を眺めたりさえずりを聞いたりするのは心が落ち着くし、僕の生活に大きな影響をもたらしてるね。
 旅をするのが好きで、新しい場所を見たり、車でそこへ赴くのはいつもくつろいだ気分になるよ。

Q23: 最後の質問です。あなたの"Song for July"を教えて下さい。

O: Wonderous Stories - YES
Count of Tuscany - DREAM THEATER
The Little Things - TOTO
Daughters - John Mayer
One quiet night - Pat Matheny

ありがとうございました!

メールにて 2015年7月28日

(15.08.09.)
all copyrights Momo 2015
photo by Momo, Ingela Ekemark
thanks: The Flower Kings Fanclub Japan


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